『ブラックボックス』

作 市田ゆたか様



【Ver 3.11】

「現在98度で保温中です」
「ピッ、蒸発のため水量が3リットルに減少しました。給水します」
F3579804-MDの顔に表情が戻り、水道に向かって歩き始めた。
「早く給水しなくちゃ…えっ、いま私自分で動けてるの」
そういうと、F3579804-MDは足をとめ、両手を握ったり開いたりした。
「今の私は…沸騰浄水プログラムからサブルーチンとして呼び出されてるのね。
命令は給水すること…給水のやり方にはいろいろあるから人間の意識がいるんだわ。とりあえず給水しましょう」
そういって蛇口に口をつけ、バルブを開いた。そして、自分の意思で命令に従うのであれば、不愉快な制御はされないのだと感じた。
「給水中…3リットル…3.5リットル…3.85リットル…給水完了しました」
F3579804-MDは自分の意思でバルブを閉め、蛇口から口を離した。
「給水のため温度が75度に低下しました…沸騰を開始します…ふふ、なんだ。こんな簡単なことだったんだわ」
そういってケーブルの長さの許す限り部屋の中をうれしそうに歩き回った。
「たぶん保温状態になると、あたしの意識はなくなるのね。…90度…あと3分ぐらいかしら、そのあいだに逃げる方法を考えなくっちゃ」
「まずはこのケーブルが邪魔だから、なんとかしてバッテリーを手にいれて、外でも充電できるような方法を考えなくっちゃ。それから警備が強…95度…化されているはずだからどうやってだますかを考え…ピッ、沸騰完了、保温開始」
F3579804-MDは再び両手をエプロンドレスの前で軽く重ね合わせた直立姿勢になった。
「…ピッ、ポットに温水があります。命令がないため温水の維持を行います」
そういってにっこりと微笑み、動きを止めた。



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